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二人の主人


ジャガイモ10個
人参         2本
キャベツ   半分
セロリ       1本
ブラウンマッシュルーム 1パック
ソーセージ 二袋 10本くらい
固形コンソメスープ

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 ジャガイモの皮を剥いて茹で、人参は丁寧に洗っただけで皮付きで茹でておいてから、別鍋でキャベツを茹でましてん。
ぜ〜んぶを一番デッカイ鍋に移して、セロリなどの残りの材料を入れて待つ事5分。
火を止めて固形のコンソメスープ潰して鍋に。う〜ん、ええ味になっとる。ニンニクも入れたいけど孫や仕事に出る婿にはニンニク臭はと思いましてん。水煮のトマトも好みがありますから、入れたければ温める時にと寸胴鍋に取り届けることにしましてんよ。

 外は風が強い。カゴの無い自転車で寸胴の鍋に強い風は辛いですが頑張りました。
娘は出掛けていて二人の孫と2ニャンズがお留守番をしとります。舅殿、姑さんも居るから安心。
着くと、姉孫が公園へ行こうと申します。寒いです。
途中でタイ焼きを買い、姉孫は一輪車。
公園と云っても、ブランコと滑り台、それにウンテイがあるだけの小さな公園に、開放された漁師小屋。
1時間ほど遊んで家に帰ると・・・・
姉孫『かっちゃん、ご飯を食べて帰るやろ? ご飯炊いて』

 お米のある扉を開け『お米はここな、5合でええから』

 その間、妹孫は僕の蜜柑を食べながら『かっちゃん、テッシュ取って』 
僕はお手伝いさんなのだ。 
ご飯のスイッチは姉孫が入れました。 

 僕「ほな帰るわ」 

姉孫『何で、ご飯食べてから帰ったら?』

 僕「もう暗いけど、金指駅から自転車やし、風も強いから帰るね」

 帰ってから温めて食べました。う〜ん、旨い、ニンニクも要らん、トマト缶も必要ない。 塩豚が出来たらまた作ろと思ったのでした。  

 娘へ
どうや、美味しかったやろ? 
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by kattyan62 | 2011-12-17 00:37

惚れ易く一筋


僕は周知の如く惚れ易い。

 だが、一旦惚れてしまうと一途になる。
一昨日、スカパーのスターチャンネルを選んだら[遊星からの物体X]と云うホラーだった。
ホラー映画は観ないので回そうとした時、ラジオを回した画像から聴いたことのあるロックン・ロールが流れ、直ぐにi phoneのアプリShazamを立ち上げ、音楽を聴かせた。検索に入ったのだが結果は目当たりませんと出た。

 そこからネットで検索を始めたのです。
映画のタイトルで作られた年代を調べ、当時のオールディーズをyoutubeで。挿入歌ではないために検索が難しいようです。
その一部


 1960年代から80年代まで2000曲以上聴いたが、見付かりません。
今も探し続けています。とても切なくて出会いたい一心でyoutube。 
同時に花屋のマリは結婚し幸せになっているんやろか、由利江は? 僕と食事をしただけの人も含め、皆の今が幸せであって欲しいと願っています。ブロガーさんで知り合った後、結婚された人たちの今が幸せであろうと思っています。 
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by kattyan62 | 2011-12-15 15:26 | Music

まやかし


もう二週間余もすればお正月

 お正月と云えば神社の露天商が楽しみだった幼い日々を思い出します。
僕の育った大阪の南部には若松神社が通学路にあり、北へ阪堺電車で安立町から細井川を経て神社前となります。
 夏の祭りは7月の末、この日の夜、若松神社の後に住吉神社へ行こうと思っていて本命は住吉神社なので、お小遣いは住吉まで持たせなくてはなりません。 
若松っつあんの前は府道泉南線って道路が通っていて、その石の垣根を背に3帖ほどの広さを取った処で、大声で人を集めている男一人これあり候。 
 男の手には、見ている間にも俄に作った和手ぬぐいの蛇を持ち、『今に動かそう』と言う。 
そして、二本の杭に3cm程の幅の和紙で作った輪に竹を渡し、木刀で紙を切らずに竹を切ると口上を述べた。
小学生の僕には不思議な事ばかりなのだ。

 司馬遼太郎の下請け忍者の一節に、伊賀忍者が組織を抜けて京に住まうことこれあり。忍者は乞食を営むなれど芸を見せビタ銭を得る。集まった大衆を集団催眠に掛けることであり得ぬ事がさもあるように見せてしまう段で呑馬の術とある。書いて字の如く、馬を脚から呑んでいるような幻覚を見せるのだが、現実は馬の尻に抱き着いているだけなのだ。集団催眠は現実として感じてしまう。
境内のくだんの男も、今は知ることができるのだが、当時には思いもせず、興味津々で、手品でも見るように手元を見ていた。男は、木刀を取り、片手で数回振ると、上段に構えたかと思うと鋭い気合いとともに地面に届かんばかりに振り下ろした。 竹はまっ二つに折れ、男は紙の輪が切れていないことを観衆に見せ、拍手喝采を浴びた。
 次に男は、灯油で湿した布に火を点け、自らの腕の上で擦った。そして僕を呼び寄せ、腕の下に火の点いた布を近付けると熱い。男は耳元で囁くと次に火を腕の上で擦ったが下ほど熱くない。当然の理だが、当時は気付かない。そして動かすと言った手ぬぐいの蛇を動かすことがないまま終わり、単行本くらいの祖末な本を取り出し、忍者の秘訣本だと言って売り出した。100円を払った。条件は家で封を切れとのことだった。 
 内容は子どもながらにバカバカしいものだった。男の口調に乗った大人も居たくらいだから雰囲気作りから売り込みまで、まさに今に通用し、テレビでの商品販売で活躍しそうで、まやかしから、集団催眠、買いたくさせる、買わねばと脅迫観念にもさせる弁は忍者からの引用なのだろうと思った。
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by kattyan62 | 2011-12-15 14:59

Petit Sale


昨夕、マックスバリューへ買い出しに出掛けました。

 娘の家族に夕飯のおかずを作ってやりたいと思ったのです。
何故に今頃になって?  ええ、娘の体調がイマイチだと聞いたからなんです。 
年末から正月に架けての計画も断念せざるを得ないらしいのが不憫で、せめて炊事の何度かはと思ったんです。

 娘が風邪だったかで寝込んだのは小学生だった。夏の日の風邪は大人でも以外と辛いもの。子どもには尚のことと思ったのです。すると娘はカニが喰いてぇな〜んて言うんです。 夏のカニ? 
今頃、市場にカニが有る分けないと思うものの、何とか食べさせてやりたいと、息子を連れて出掛けました。
堺市は市役所の向いに[カニ道楽]って、大きなカニの看板で有名な道頓堀の支店があり、開店前に飛び込んで米搗きバッタのようにお願いして少し分けていただいたのです。やれ嬉やと勇んで帰り、娘に出すと一口食べただけで『もう要らん』 
落語にもカニと蜜柑の違いはあるけど、夏に蜜柑が喰いてぇなんて大店の坊ちゃんが言い、大枚の代金で買った数個の蜜柑を持ち逃げした番頭さんの噺です。

 マックスバリューで買物をしていた。
向こうから、見慣れた誰かを見付け手を振った。 
相手さんの横に幼い子が居て、僕に手を振ってくれた。 
 僕「こんにちは。え〜っと何処かでお会いしましたっけね」

相手さん『バカ、あんたの娘であるぞよ』

 僕「ありゃ〜失礼をしました。娘だったかや。ご無沙汰であります」

 僕「今夜の夕飯にミネストローネを届けようと買物に来たんだわ」 

娘『それなら明後日の金曜日にしてくれると助かる』

 先日、NHKで仕入れたネタは間に合わないが、ミネストローネならばと考えたのです。
仕入れたネタは、おフランスの[Petit Sale(プテッ サレ)]塩豚です。 
三段肉に3%の塩、1.5%のグラニュー糖に適量の黒胡椒を混ぜて揉み込むのです。
手の平で肉に調味料を擦り込み、肉を揉み解すように曲げたり押したりしていました。
それでチルド室で4〜5日置くと出来上がり、大きく切ったジャガイモとキャベツを、一時間半もコトコト煮込んだ豚肉の鍋に。ジャガイモは事前に茹でておきます。 テレビでは調味料を使っていませんでしたが、僕はコンソメをと考えています。 娘んちには間に合いませんのでソーセージで。

 プテッ サラの試験ですから、多くは買わずに昨夜漬け込みました。 ハハハ ちょいと楽しみです。
三段肉を見ると豚の角煮、何度か作ったことがあります。アイにも作ったことがあります。素茹でし一晩寝かせて脂を取り、翌日に味付けして煮込んだのですのに、パクパクモグモグと10分も懸からずに胃袋へ。
でもアイの『奥さん、美味しいよ』と言う一言が報酬なんですね。 

 その内に、姉妹孫にも食べさせてやろうと考えとりますねん。 待っとれよ
Petit Saleにした三段肉
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 おまけ
何処かの国の水洗トイレ? 
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by kattyan62 | 2011-12-15 12:31

運転


 僕が運転免許を取得したのは免許証を確認しないと若干の差が出るが、17歳か18歳には原動機付き自転車の免許を取った。書類だけ提出すれば貰えたはず。 つまり、頂戴と言えばよかったような気がします。
自動車免許は二十歳前には持っていました。
車が今程も多くなく、渋滞って言葉もなかったように思います。

 運転免許を取った安心感からか、オートバイに乗っていて聞いたこともないような名前の違反で罰金を払いました。確か「前方横切り危険行為」でしたか、信号待ちで停まっている車の前をバイクで前方へ出たところを笛で呼ばれ、変な名前の違反だそうでした。
猛然と抗議しました。自転車だって信号待ちで停まり追い着いて、左は狭いからと右から回り込んで前に出るって当然ながら信号の変化を気にしながらの行為でっせ。ですが警察官にはノルマもあろうし、景気不景気も関係がありましょう。不景気で国庫金が不足し、税金が無理なら即現金がって考えましょ? 「お前ら、金を掻き集めろ」となって、些細な違反ですら見逃さなくなるのです。

 富田林市に住んでいた頃、木材団地から北へ向かうと長く下る坂道があり、車も速度が乗ります。
坂道の途中に、頻繁にねずみ取りをしている箇所がありましたが、いつの間にか警察官の姿を見掛けなくなって、稼ぎ場所なのにと不思議に思っていた時、娘が話してくれたんです。警察の偉い人の車が速度違反で捕まったのだそうです。彼の偉い人が言ったそうです『下り坂は速度が出るもんじゃ、こんな場所でねずみ取りはまかりならぬ』と言うような意味を発してお終いになったそうなんです。疑問は、違反金を払ったのかどうかですね。

 駐車違反、速度違反、一旦停止違反の何れか、或は複数で毎月警察署へ行ってました。点数制が導入される前の事でした。イラチですから、真面目に駐車場を探してなんてせずお客さんのところへ。車に帰ると違反切符。制限速度×120%は常識の範囲です。大阪市内なら80km/hで走ることも。ウ〜ウ〜 

 みっちゃんとドライブすると、高速道路で130km/h出るとパチンと腕を叩かれます。ほんで彼女に代わり、助手席から見ると140km/hも出ている。「おい、140も出てるぞ」と言うと『うるさいっ、判っとる』だとさ。

 独身になって、自棄(やけ)で速度を出していた頃には、車だと180km/h、バイクで230km/hで走ったことが何度もあり、常識のある子らは僕と走るのを嫌がったもんです。
走りについての師匠は二人。一人は本田の訓練校での先生をしている子で、九州へ転勤になってしまった男前。奥さんをお借りして何度か食事に付き合ってもらったことがあります。この二人は、公道では真面目そのものでして、模範的運転をします。イライラ 
当然ですが、彼が違反をしたら首を覚悟せねばならないかもしれないからですね。

 今一人は、パソコン、特にマッキントッシュの神様で、僕のPCの環境整備や故障修理をしてくれていました。
彼の走りは、公道であれ、山坂道であれ、信号無視以外は違反行為の連続です。
信号で停まる時はジャックナイフと呼ぶ停まり方で、後ろのタイヤが浮き上がります。これが高くなるプロのパフォーマンスがあり、発進時は前が浮き上がるウィリー走行をします。そして車の右へ左へと追い抜いて行きます。彼は、朝に家を出て、九州でラーメンを食べて夕方には家に。最高速度が320km/hも出る改造バイクです。大阪の南部に工房を持つバイクショップで、早く走るためだけの改造をしているんです。基本ベース車は刀とか忍者です。230km/hの世界に入ると、名神高速道で100km/hオーバーの車でさえ停まっているように見えます。高速で回転するタイヤはジャイロ効果があって、左へ移動するにはハンドル操作ではなく全体重を左に乗せないと移動できません。前倒姿勢で行きたい所に顔を向けて離さず、身体を移動するのです。これで行きたいところへ行けた時、アドレナリンがブワ〜っと吹き出て最高の気分になるんです。

 一時期、峠族と云う言葉が出来、山坂道のクネクネした道はバイク族にとっては恰好の遊び場なんです。
バイク族に有名な金剛山と高野山から和歌山の梅の産地である南部までの山坂道は高速で走れるのです。
一度、神様の後ろを付いて走って、ガードレールを飛び出しそうになったことがあります。
彼は、それをミラーで見る余裕があり、速度を落としたのです。 彼の速度のエピソードは山程あります。
阪神高速道で、皮の繋ぎを着て、張り切って走ってた子の膝を叩いて『死ぬから速度を落とせ』と言って追い抜いて行った。 

 ハーレーのバイクショップの社長が、僕のオッサンタイプに股がり、『南さん後ろへ』と僕を乗せて走りだし、公道を走る車を右へ左へかわしながら目的の蕎麦屋へ。
重いバイクに人を乗せて、とてもこんな真似はできません。彼なりに僕への戒めだったのです。大人しく走ってよって。 
僕が大人しい運転をするまでには、その後1〜2年の経過が必要だったのです。
花屋のマリと中国道を大阪方面へ大人しく走っていた。テープから[精霊流し] 。その時、マリが『トイレに行きたい』 「急ぐんか?」 『うん、凄く急ぐ』 そこからサービスエリアまで、安全に180kmですっ飛ばしました。
とても久しぶりの速度でしたのです。
新幹線の速度には及びませんが、車体が低い分、速度感は増します。 ご主人の運転にしろ、ご自分の運転にしろ、速度は遅めに安全にね。 機会があれば、鈴鹿サーキットの訓練に申し込まれるのも良いですね。
内部にホテルもあり、温泉もあって宿泊付きの充実したプログラムが用意されていますよ。
 
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by kattyan62 | 2011-12-13 21:23

富裕層と貧民


社会構造の変化で貧富の差が大きくなってます。

 僕が自営を始めて数年後、喘息の発作が出て、救急車で大学病院へ行くと入院ベッドの空きが無いからと関連する脳外科の名を持つ総合病院へ移されたのです。
そこでも相部屋の空きが無く、豪華な個室へ入った。室料38000円/一日だった。
角部屋の二方は大きな窓があり、狭山池を望めます。
※狭山池:日本で最初の農耕用人工池だそうです。

 部屋にはユニットバス、応接セット、台所、付き添い用のベッドがあり、部屋の広さも10帖近くあった。
公団そのものの駐車場は数台分で空きは数年待ち。近隣の個人の駐車場を借りていた。
顔見知りになった人が数人。その中の一人が同じ病院に入っていて、廊下を歩いていて出会い、部屋を聞かれたので答えたら、個室だと知っていて一度見せてくれと言う。
どうぞと迎え、お茶を出して少し話したが、何の病気だったか話題に出なかった。
彼は買い替えられないと古い車を大事に乗り、エンジンルームも埃が無く、磨き上げられていた。

 3台分の駐車場を借り、2台の車と廃車した大きなワンボックス車を倉庫代わりにしていた。
一ヶ所にみっちゃん用のオープンカーを停め、もう一ヶ所にグロリアを停めていたために裕福だと考えたそうで、内情の事を誤解し易いのです。つまり、外見で判断をしがちな日本人に、足下を観るって言葉が未だに通用しているようです。
※足下を観る:その昔、料亭などに上がる客層の良否を判断する材料に、桐の正目の通った高級な下駄は今も万単位の価格なのです。

 ワーキングプアと云う言葉が出来、仕事をしていながら貧しくて、満足な住まいも持てずに居る青年たちが報道されて久しいです。 家を買ったが地震と洪水で住めなくなった人たち、家はそのまま無被害なのに、放射能汚染で住めなくなった方々。テント生活でも食べ物に不自由せず、雨風が防げ、自由に暮らしているのを幸せと思う人は同類で、立派な屋敷に住み、行きたい時に行きたい所へ行き、食べたいものを食べれることが幸せだと考えている人々にテント生活者の幸せを推し量ることは難しいでしょう。

 ここで、今一度、幸せとは何ぞやを考えたいと思っています。 
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by kattyan62 | 2011-12-12 13:53 | 幸せの定義

ビューン ビューン


今日も昨日も一昨日も

 風がビューンビューンと強いねん。歩いても真っ直ぐ歩かれへんくらい風が強い。空に向かって叫んだった。
千の風になってるって云うけど、こんなに強う吹かんでもええやろ! 
西高東低の気圧配置になると北西の風が強くなる。
 買物にしろ、娘の家にしろ西へ行くから当然のように向かい風を受け、時折、北風が混じる。
自転車を漕いでいても腹が立つくらい強く、漕いでも漕いでも速度が出ない。
帽子を飛ばされ追い掛けるおばちゃん、スカートを押さえながら歩く女学生にも申し訳なく思う。
 この風の主がみっちゃんだと思うことで、親しみを持とうと考えているからなのだ。


 
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by kattyan62 | 2011-12-11 14:30

偏見


小学校は勿論、中学校当時にも偏見はなかった。

 中学校の同級生に部落民と呼ばれた家庭の子、朝鮮族の子らも居た。
脳性麻痺だった子は体臭が強く、いつも僕に組み付いて相撲のような事をしてきたのは、僕が小柄だったからだろう。
 朝鮮族の級友に誘われるままに、彼の家を訪ねたことがあった。
家と云っても本建築じゃない小屋のようなものが大和川の堤防に隣接して数軒が建っていた。
玄関を入るとお母さんが出迎えて、言葉優しく歓待してくれ、お茶や菓子を運んでくると『仲良くしてやってくれてありがとうね』と言われた。戦後、日本人による人種差別での苛めや虐待があったことを知らなかったから、お母さんの言葉の重みすら感じずにいた。
彼の家を訪ねたこと母親に言い、接待と百円の小遣いを貰ったと伝えた。 母は何も言わず頷いただけだった。
数日後、彼と帰る約束をした。頭の中では百円がちらついてたが、この日はお母さんが留守だった。
それから数日経った或る日の昼休みにクラスの女の子が僕に言った。『前田君、あの子は朝鮮人やから近付かん方がええよ』 と言い、その意味が理解できずに強い言葉で「何でやねん」と言った。

 みっちゃんの養母さんから受け継いだ借家が3軒あった。うちの一軒に韓国人の家族が住んでいた。
或る日、電話が入り、トイレの水が漏れていると云うだけの事なのに直さないと家賃は払わないぞと電話口で怒鳴る。家を訪ねた。
電話で怒鳴るような事なのかと言い、消耗に関する事は家主は関わらないと説明し、嫌なら出ろと詰め寄った。
彼は謝り家賃を出し、縫製の仕事が上手く行かずにイライラしていたと言い訳た。

 テレビで韓流とあるだけで避けていた。
メールママ姉妹が韓流にハマっていると聞いていたが、変わらず避けていた。
或る日、観るものもない時に[宮廷女官チャングムの誓い]を観た。直ぐに落ちた。
その後のシリーズを録画した。主演のイ・ヨンエとパク・ウネ、チ・ジニのフアンになってしまった。
それ以来、韓流ものも好んでではないがたまに観るようになった。しかし、彼ら特有の噛み付き、わめき散らすを探しているのも事実なのだ。
 西欧の映画でも、男女が喧嘩をする場面になると、相手の話を聞かずわめき散らすことがある。
あれはどうもいけません。激怒したとしても冷静さが消え感情が先行してしまうのを嫌う。
 
 僕も過去に激高したことはある。 銀行の支店長代理に対して激怒した。
小切手を不渡りにしたことに対してだった。
娘に7万円の入金を頼んで旅行に出掛けたが娘が入金を忘れていた。
当然、普通口座から移せば済むことなのに不渡りにしたことへの怒りだった。
忘れた事が悪いのは判るが、普通口座には充分な残金があり、電話をして振替えると言えば済むことをせず、不渡りの重さを知る銀行員の不誠実さに腹が立ち、文書で抗議しておき面接した。 
大声を出さず、抗議をし理由を尋ねた。 彼の答弁はあくまで当座預金残高だけを見てのことで怠慢だったと言え、申し訳ないと支店長が詫びた。これは、事前に仕組まれた詫びの手順だと思い、詫び状を書くように詰め寄った。渋々ながら支店長名義で書いた。
書類を鞄に入れながら弁護士に相談して損害と名誉毀損で争うことを示唆し辞した。

 偏見、それは教育から生まれ、経験が増幅させる。
しかし、偏見をしない姿勢を常に持っていることで、偏見は消えるものだと思う。
僕の過去には強い偏見をしたことも否めなず赤面する。
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by kattyan62 | 2011-12-11 12:48

孫とのひととき


肉じゃがを届けに家を出た。

 鍋のままにラップをし、レジ袋に入れて出た。
自転車で揺れても大丈夫だろうけど、今日は風が強いので金指駅(かなざし)に向かった。
駅には電車が停まり、僕を待ってくれている。乗った駅を記すチケットを取り忘れたが、若い運転手は構わないと言ってくれた。

 向いの席のおばあちゃんが会釈をしてくれ鍋を見ている。
ハハハ、若い時と違い、また田舎のことですから気にもせず鍋を席に座らせた。

 娘の家に着くと、娘は留守で2孫+友達で、もっと田舎のSちゃんが居た。初めまして。
姑さんが台所に居て、挨拶もそこそこに猫と孫らと遊んだ。
姉孫が幼稚園へ遊びに行こうと言うのに誘われ、4人で歩いた。
子どもは人懐っこい。直ぐに友達になった。 
幼稚園の運動場へ入ると、サキちゃんと姉孫が職員室へ行ったら居残り先生が3人居た。
運動場を使わせてもらう事の許しを請うと愛想良くどうぞと言ってくださった。

 ブランコに乗り、鉄棒で逆上がりをした。あいつらは動き回る、走り回るのに着いて行けない。
誤摩化すのに「何かお菓子でも買いに行こや」と誘ったら、姉孫がタイ焼き屋が出来たと言う。
案内をしてもらって屋台まで行った。クリームと餡があるそうで、子どもはクリーム、大人は餡となった。
先生方には両方を買い、サキちゃんが届けた。
サキちゃん『先生、何で残ってるだに?』 

妹孫の担任『仕事よ』

 僕「ウソですよ、仕事の振りをしてるだけなんよ」

先生『もう〜本当に仕事をしていますって。ごちそうになります。丁度お腹が空いてきてたから嬉しいです』

 僕「満腹でも甘い物は別腹でしょ? 賄賂ですので妹孫の内申書よろしくね。有名大学に入れるように書いてくださいね」

先生『ええ、判りました。オールAにしておきますね』

 僕「こんな賄賂で済んだら、全員がオールAになりそうね。今ね、4人で秘密結社をつくりましてね、先生を太らせよう会ってのをね。僕が理事長に就任いたします」

先生『ホホホ、クックック 太りたくな〜いです』

 孫を家まで送り、蜜柑を二袋買って家を出た。
家に着いたら娘から電話があり、入れ違いだった事、忙しいから夕飯が助かったと言って切れた。
今度は、自信を持る味にして届けてやろうと考えている。

 
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by kattyan62 | 2011-12-09 18:28

医者は患者を作る。



昨日はジャンプしていた内分泌科の受診日だった。

 先日、5日の呼吸器科受診の時に、同じくジャンプしていたリハビリの窓口へ行った。
受付のおばちゃんが心配していましたと言ってくださり、播井君を呼んでくれた。

 尿と血液検査
受付のお兄さん『予約票が無いと検査項目が判らないので内分泌科で貰ってきてください』

 再度訪ねた検査窓口はお姉さんだった。
 僕「すいません。お願いします」

お姉さん『では、これに尿を採ってから、こちらへ戻ってくださいね』

 僕「すいません、尿の量はコップに一杯にしやなあきません?」

お姉さん『いいえ、底から1cmほどで大丈夫です』

 僕「実は知っていたんですけどね」

お姉さん『また〜 いつも冗談ばっかり』

 血液採集
看護師さん『アルコールに気触れたりしません?』

 僕「はい、大丈夫ですけど、いつもは塩酸で消毒しているんですよ」

看護師さん『ウソ〜 』

 僕「ウソです。今日は丼に一杯採ってくださいね。血の気が多いみたいですし、満月には吠えてしまうものですから」

看護師さん『笑わさないでください。手元が震えて採取できません。ちょっとチクッとします』

 内分泌の高田医師は若い。部屋の置ける場所の全てにフィギアが飾ってある。壁の一部にはガンダム。
高田君『あの、血液検査の結果ですが、悪玉コレストロールと中性脂肪が多いのですね。お肉がお好きですか?』

 僕「ええ、好きですが、殆ど食べていないですね。朝のパンに薄く塗ったバターと牛乳に砂糖と珈琲パウダーですし、夕飯は和蕎麦のタレに生卵を割り入れてまして、一日二食です。後は蜜柑を3〜5個とお菓子を少々」

高田君『蜜柑は一日2個、出来れば野菜をどっさり採ってください。現在、野菜はどうですか?』

 僕「生野菜は足が速いから殆ど買いません。もっぱら野菜ジュースに頼ってまんねん」

高田君『実は、野菜の繊維がコレステロールを減らす働きがありますから、温野菜で構わないので食べるようにしてください』

 粗食は健康に良いと思ってたのですが、野菜をドッサリコンとだとよ。医者って、あれもダメ、これも良くないと言いますね。だけどミネラル分が足りているのかとかの検査項目に無いのだそうです。 
大体、6月の手術の際に血液検査をして、糖尿病の疑いがあるとかで本人の意思と関係なく内分泌科を受診することになったのだ。高田君にも生活保護で医療費をケチりたいからと伝えたのにも関わらず、また来年の1月に来いと言う。

 野菜の繊維をと考えてみたけど咄嗟に浮かばないスーパーで、孫にせがまれた肉じゃがの材料と大根が安かったので買っておいた。
午後から肉じゃがを作りだした。
ジャガイモを茹でてから、タマネギ1個と肉350gを炒めた。
合わせて出汁を入れ味付けをしたが、娘の家族は薄味だそうで薄味にしておいた。 扨、届けに行きましょうかね。
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by kattyan62 | 2011-12-09 14:50