2011年 12月 12日 ( 1 )

富裕層と貧民


社会構造の変化で貧富の差が大きくなってます。

 僕が自営を始めて数年後、喘息の発作が出て、救急車で大学病院へ行くと入院ベッドの空きが無いからと関連する脳外科の名を持つ総合病院へ移されたのです。
そこでも相部屋の空きが無く、豪華な個室へ入った。室料38000円/一日だった。
角部屋の二方は大きな窓があり、狭山池を望めます。
※狭山池:日本で最初の農耕用人工池だそうです。

 部屋にはユニットバス、応接セット、台所、付き添い用のベッドがあり、部屋の広さも10帖近くあった。
公団そのものの駐車場は数台分で空きは数年待ち。近隣の個人の駐車場を借りていた。
顔見知りになった人が数人。その中の一人が同じ病院に入っていて、廊下を歩いていて出会い、部屋を聞かれたので答えたら、個室だと知っていて一度見せてくれと言う。
どうぞと迎え、お茶を出して少し話したが、何の病気だったか話題に出なかった。
彼は買い替えられないと古い車を大事に乗り、エンジンルームも埃が無く、磨き上げられていた。

 3台分の駐車場を借り、2台の車と廃車した大きなワンボックス車を倉庫代わりにしていた。
一ヶ所にみっちゃん用のオープンカーを停め、もう一ヶ所にグロリアを停めていたために裕福だと考えたそうで、内情の事を誤解し易いのです。つまり、外見で判断をしがちな日本人に、足下を観るって言葉が未だに通用しているようです。
※足下を観る:その昔、料亭などに上がる客層の良否を判断する材料に、桐の正目の通った高級な下駄は今も万単位の価格なのです。

 ワーキングプアと云う言葉が出来、仕事をしていながら貧しくて、満足な住まいも持てずに居る青年たちが報道されて久しいです。 家を買ったが地震と洪水で住めなくなった人たち、家はそのまま無被害なのに、放射能汚染で住めなくなった方々。テント生活でも食べ物に不自由せず、雨風が防げ、自由に暮らしているのを幸せと思う人は同類で、立派な屋敷に住み、行きたい時に行きたい所へ行き、食べたいものを食べれることが幸せだと考えている人々にテント生活者の幸せを推し量ることは難しいでしょう。

 ここで、今一度、幸せとは何ぞやを考えたいと思っています。 
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by kattyan62 | 2011-12-12 13:53 | 幸せの定義