運転


 僕が運転免許を取得したのは免許証を確認しないと若干の差が出るが、17歳か18歳には原動機付き自転車の免許を取った。書類だけ提出すれば貰えたはず。 つまり、頂戴と言えばよかったような気がします。
自動車免許は二十歳前には持っていました。
車が今程も多くなく、渋滞って言葉もなかったように思います。

 運転免許を取った安心感からか、オートバイに乗っていて聞いたこともないような名前の違反で罰金を払いました。確か「前方横切り危険行為」でしたか、信号待ちで停まっている車の前をバイクで前方へ出たところを笛で呼ばれ、変な名前の違反だそうでした。
猛然と抗議しました。自転車だって信号待ちで停まり追い着いて、左は狭いからと右から回り込んで前に出るって当然ながら信号の変化を気にしながらの行為でっせ。ですが警察官にはノルマもあろうし、景気不景気も関係がありましょう。不景気で国庫金が不足し、税金が無理なら即現金がって考えましょ? 「お前ら、金を掻き集めろ」となって、些細な違反ですら見逃さなくなるのです。

 富田林市に住んでいた頃、木材団地から北へ向かうと長く下る坂道があり、車も速度が乗ります。
坂道の途中に、頻繁にねずみ取りをしている箇所がありましたが、いつの間にか警察官の姿を見掛けなくなって、稼ぎ場所なのにと不思議に思っていた時、娘が話してくれたんです。警察の偉い人の車が速度違反で捕まったのだそうです。彼の偉い人が言ったそうです『下り坂は速度が出るもんじゃ、こんな場所でねずみ取りはまかりならぬ』と言うような意味を発してお終いになったそうなんです。疑問は、違反金を払ったのかどうかですね。

 駐車違反、速度違反、一旦停止違反の何れか、或は複数で毎月警察署へ行ってました。点数制が導入される前の事でした。イラチですから、真面目に駐車場を探してなんてせずお客さんのところへ。車に帰ると違反切符。制限速度×120%は常識の範囲です。大阪市内なら80km/hで走ることも。ウ〜ウ〜 

 みっちゃんとドライブすると、高速道路で130km/h出るとパチンと腕を叩かれます。ほんで彼女に代わり、助手席から見ると140km/hも出ている。「おい、140も出てるぞ」と言うと『うるさいっ、判っとる』だとさ。

 独身になって、自棄(やけ)で速度を出していた頃には、車だと180km/h、バイクで230km/hで走ったことが何度もあり、常識のある子らは僕と走るのを嫌がったもんです。
走りについての師匠は二人。一人は本田の訓練校での先生をしている子で、九州へ転勤になってしまった男前。奥さんをお借りして何度か食事に付き合ってもらったことがあります。この二人は、公道では真面目そのものでして、模範的運転をします。イライラ 
当然ですが、彼が違反をしたら首を覚悟せねばならないかもしれないからですね。

 今一人は、パソコン、特にマッキントッシュの神様で、僕のPCの環境整備や故障修理をしてくれていました。
彼の走りは、公道であれ、山坂道であれ、信号無視以外は違反行為の連続です。
信号で停まる時はジャックナイフと呼ぶ停まり方で、後ろのタイヤが浮き上がります。これが高くなるプロのパフォーマンスがあり、発進時は前が浮き上がるウィリー走行をします。そして車の右へ左へと追い抜いて行きます。彼は、朝に家を出て、九州でラーメンを食べて夕方には家に。最高速度が320km/hも出る改造バイクです。大阪の南部に工房を持つバイクショップで、早く走るためだけの改造をしているんです。基本ベース車は刀とか忍者です。230km/hの世界に入ると、名神高速道で100km/hオーバーの車でさえ停まっているように見えます。高速で回転するタイヤはジャイロ効果があって、左へ移動するにはハンドル操作ではなく全体重を左に乗せないと移動できません。前倒姿勢で行きたい所に顔を向けて離さず、身体を移動するのです。これで行きたいところへ行けた時、アドレナリンがブワ〜っと吹き出て最高の気分になるんです。

 一時期、峠族と云う言葉が出来、山坂道のクネクネした道はバイク族にとっては恰好の遊び場なんです。
バイク族に有名な金剛山と高野山から和歌山の梅の産地である南部までの山坂道は高速で走れるのです。
一度、神様の後ろを付いて走って、ガードレールを飛び出しそうになったことがあります。
彼は、それをミラーで見る余裕があり、速度を落としたのです。 彼の速度のエピソードは山程あります。
阪神高速道で、皮の繋ぎを着て、張り切って走ってた子の膝を叩いて『死ぬから速度を落とせ』と言って追い抜いて行った。 

 ハーレーのバイクショップの社長が、僕のオッサンタイプに股がり、『南さん後ろへ』と僕を乗せて走りだし、公道を走る車を右へ左へかわしながら目的の蕎麦屋へ。
重いバイクに人を乗せて、とてもこんな真似はできません。彼なりに僕への戒めだったのです。大人しく走ってよって。 
僕が大人しい運転をするまでには、その後1〜2年の経過が必要だったのです。
花屋のマリと中国道を大阪方面へ大人しく走っていた。テープから[精霊流し] 。その時、マリが『トイレに行きたい』 「急ぐんか?」 『うん、凄く急ぐ』 そこからサービスエリアまで、安全に180kmですっ飛ばしました。
とても久しぶりの速度でしたのです。
新幹線の速度には及びませんが、車体が低い分、速度感は増します。 ご主人の運転にしろ、ご自分の運転にしろ、速度は遅めに安全にね。 機会があれば、鈴鹿サーキットの訓練に申し込まれるのも良いですね。
内部にホテルもあり、温泉もあって宿泊付きの充実したプログラムが用意されていますよ。
 
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by kattyan62 | 2011-12-13 21:23