昔話しボソリ4

 以前のブログから随分と昔話しを書きましたから、僕の人生の大半は書きました。けど、所々で割愛したりもしてますよって、思い出しながら書いた記憶を辿りつつも重複することもあると思いますが我慢しとくれやす。

 みっちゃんと同じ会社に入社した頃で僕が35歳の11月でおましたんです。
僕は車で出勤し、みっちゃんはバイクで通勤してたんです。同じ所へ行くのにと思いまっしゃろけど、僕は残業を言われるので遅くなりますし、みっちゃんは定時の4時半には会社を出て買い物に行ったりもしますよってな、どうしても別行動になりますんや。 
 働きだした当初はですな、みっちゃんの方が先輩でもあって給料もボーナスもようけ(たくさん)もろうてましてな、追い越したのは夏のボーナスをもろうた後からですわ。その年の9月頃でしたか風邪をひいたみっちゃんが腎臓に菌が入って血尿が出てるのに無理をしたのと開業医がよう見付けんかって、体が怠いし腰が痛い言うてやっと大きな病院へ行ったんです。そこで急性の腎盂腎炎やと判って直ぐに入院してからに二人の幼い子供を当座の間、岡山の姉に預かってもらいましてん。子供も可哀想でしたけど、その頃が一番大変でしたな。
一応退院はしたけど、絶対安静は変わらずで、みっちゃんには塩抜きの料理を作って、僕には塩を入れて二種類を作りますねん。二匹の猫のご飯もですな、今のような専用のご飯やトイレの砂も売ってなかったのか知らなかっただけなのか判りまへんけど、トイレの砂の代わりに新聞紙を小さく裂いて入れますんやけど、これが結構手間が懸かります。仕事からの帰りに買い物をして、人間の食べ物を作ってから洗濯機を回し、カレイの水炊きしたんを猫に与えたりして寝るのは遅うなります。それに毎月赤字続きで仕方なく自営でもせんと追い付きまへんねん。

 会社に退職願いを出したら、せめて冬のボーナスをもろうてからにしたらどうやと部長が薦めてくれましたんやけど、そんな義理の悪いことも出来ないと思うてお断りしたんです。そこから貧乏が始まりましてな、子供にもミみっちゃんにも悲しい思いをさせてしまいました。電化製品の販売と修理を賜りますちゅうて軒並み回りました。
 小学生になってた息子が、よう手伝ってくれましててな。その頃の息子は明るうて素直で優しいええ子でした。高校へ行き出してから変ちくりんになってしもうて幼い頃の面影はおまへんようになってしまいましたな。
 けど、高校を卒業する頃になると、僕の仕事も個人の家から会社関係に切り替えてからボチボチ利益が出だしてまして、何度も徹夜したりしてるのを見てて、みっちゃんに言うたんやそうです『このままやったら親父は死んでしまうから仕事を手伝う』とね。そら嬉しおましたなぁ〜

 それから二人で、時にはみっちゃんも交えて3人で現場へ行って工事をしたもんです。
そらヘタクソな電機屋ですよって、個人の家庭に吊った照明器具が外れて落ちた事もありました。立てたテレビのアンテナを張っている針金が切れて倒れた事もありましたし、設置したエアコンから水が逆流して室内に漏れたとかも、後々、お客さんと笑うてましたけど、設置したものは永久保証みたいなもんですよって、何年もしてからの修理も無償でしてましたな。その頃になると会社関係で十分儲かってましたさかいに修理は無償で出来たんです。貧しかった頃に注文してくれたご恩返しですな。
 
 ご恩返しと言えばです。育ててやった恩を忘れてはいかんと娘に言うて親風を吹かせてる人を知ってます。
確かに、育ててもろうた恩は尊いもんですやろけど、生んだ責任でもありますよってな。子供の世話を当然のように義務化させてはいけまへんやろな。でも、僕らが小さい頃の風潮としては子供は親の面倒を看るのが当然のようでおましたさかいに高齢の人は、当然の権利のように言うてありがたみを忘れて。出て来る料理に文句を言うたりしてますんや。その文句に腹を立てながら時に喧嘩をしたりしても三度三度の料理を作ってるメールママは偉いと思います。 ちょっと半日留守にすることもできまへんさかいな。

 また、徹夜してしまいました。昨夜、夜食にサンドイッチと濃い珈琲を飲んだためですわ。
 アイはホテル住まいをしてて、ハンバーガーばっかり食ってるせいか肥えたんやそうです。 僕も寝ては喰ってるだけですから太り気味でしてな、やっと50Kg台に乗りましたんや。
 ほなまた
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by kattyan62 | 2010-04-30 07:24